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2010年11月 8日 (月)

大田 アサクサ海苔復活に賭ける男達

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皆さん、こんにちは。大田のYOKOの野口真代です。
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今、大田では羽田空港の国際線新ターミナルがオープンし、
第二の開国と言わんばかりに華やかな雰囲気が溢れています。
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そして、海苔です。
実は、この羽田空港と海苔に深い関係があるなんて、正直知りませんでした。
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羽田空港のある大森の沖合いは、つい50年前まで日本の一大海苔生産地、
それも伝統のある発祥の地だったんです。
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「海って言うのは無限だと思ってたのよ。だけど無限じゃなかったんだよね。」
元海苔生産者の鳴島さんは、そう言います。
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「海は無限じゃなかった。」の意味するものとは...
それを調べに大森海苔のふるさと館を訪ね、
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五十嵐麻子さんにお話をお伺いしました。
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航空写真の白線で囲まれた部分が海苔を生産していたところだったんです。
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日本が高度経済成長を遂げた1960年代、
東京湾の埋め立て開発に合わせて羽田空港も拡張され、
それまで江戸時代から300年続いた大森の海苔の生産は幕を閉じました。
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その大森の海で採れたアサクサ海苔は、柔らかくて甘く、
どこの海苔よりも美味しかったと言われていましたが、その後、絶滅してしまいました。
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今回私は、その絶滅した大森の海苔、アサクサ海苔を、
ふるさと大森の海で復活させよとする人たちに会いました。
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2004年、それまで東京湾では絶滅したと思われていたアサクサ海苔が、
なんと多摩川河口で生息しているのが確認され、採取して培養したところ、
見事に成長して2007年には初摘みに成功。
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45年ぶりに幻の味が復活しました。
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「口の中でとろけますね。」と大田区長もその味わいに太鼓判を押していました。
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この復活劇を支えたのは、多くの地元の元海苔生産者と、
最初に多摩川河口で海苔を採取し培養した、一人の海苔問屋さんでした。
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久保井宏さん。
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このアサクサ海苔復活の仕掛け人が、
江戸の文政3年から190年続く伝統の海苔問屋久保井海苔店7代目の経営者。
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頑固に海苔の美学を追求している、正に海苔の職人です。
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300年の歴史から、今でも大森界隈には海苔問屋が多いと言われ、
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全国から海苔がここに集まってきます。
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海苔は焼きたてが一番と言います。
焼きたての海苔を試食させて頂きました。
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美味しい~!
甘みがあって凄い。今まで食べている海苔と全然味が違いますね。
こんなに海苔って味があったんだってくらい。美味しい~!
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2007年、あの時のアサクサ海苔の味はどうだったのでしょうか?
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「本当にびっくりするほど美味しかったですね。本当に驚きました。
あの感激を今一度って思っているんですけどね。
なかなか上手く出来ないんですよ。今年もまた出来たら良いですね。」
2007年に復活して2008年、2009年と2年連続で失敗。
今年こそはと、情熱を燃やしていらっしゃいます。
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そんな久保井さんに密着しました。
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久保井さんは、この半年間、海苔のふるさと館に水槽を用意して、
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仕事の合間を縫っては、たった一人、アサクサ海苔の種を育ててきました。
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水槽の中には、黒い牡蠣殻が...
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実は海苔は一年を通じて成長します。
春、海苔の葉体から胞子が出て、
そばにある貝殻など石灰質の中に潜り込みます。
そこで糸状体という形で暑い夏を乗り切って成長し、
水が冷たくなった秋に胞子を放出して、
網などで作ったヒビと呼ばれるものに付着、発芽して、
冬に大きく育ち、それを摘み取って加工、海苔にします。
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久保井さんは、水温や水質の管理、病原菌の駆除など、
夏から秋へとたった一人の戦いが続きました。
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思いは一つ。アサクサ海苔との再会です。
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「全く子供以上に手が掛かる厄介な生き物ですよ。
手が掛かる分だけ上手い事育ってくれれば有難いですけどね。」
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水槽で育った海苔の胞子を海に戻す準備が始まりました。
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この日、向かったのは、羽田空港から近い、
埋立地の中にある人口の浜辺の浅瀬です。
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船に積まれているのは、竹ヒビと呼ばれる道具。
胞子を付着させる竹ヒビを海の浅瀬へ建て込みます。
この竹ヒビは、昔使われていた伝統のもの。
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そして、これを挿す砂地に穴を開けるのが、
振り棒と呼ばれるこれも伝統の用具です。
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私も作業を手伝おうと海へ。
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振り棒で海中の地面に穴を開けます。
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そこへ竹ヒビを差して固定します。
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前後に振りながら地中へと埋めていくのですが、
これがなかなか難しいのです。
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この時期、一番の引き潮の時刻。満潮のときと1メートル以上の差があるそうです。
潮が満ちると竹ヒビは水面下へ。
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この日の作業はここまで。
後日、立てた竹ヒビに、あの牡蠣殻を結びつけて、
胞子が竹ヒビに付着するのを待ちます。
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浜には、近所の小学生が社会科見学に来ていました。
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ふるさとの伝統を引き継ぐ大事な時間です。
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元海苔生産者の田中さんは、孫のような子供たちに実演して説明していました。
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鳴島さんは、80歳。海から陸に上がってから既に45年。
久しぶりの海に心が弾みます。
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アサクサ海苔の復活企画に参加された今の気持ちをお聞きしました。
「子供に帰ったような気持ちになるんだよね。」
この笑顔、なんて素敵なんでしょう。
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いよいよ牡蠣殻を海に戻す日がやってきました。
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ビニール袋に入れたものと、箱に入れたものと2種類を用意しました。
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前に竹ヒビを建てた場所へ戻り、丁寧に牡蠣殻を置いていきます。
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今年は、このあと沖の網ヒビに種付けを終えて、いよいよ冬を迎えます。
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三年前の海苔は、どんな味だったのか尋ねてみると...
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「そうだね、恋人の味だよね。」
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昭和37年、埋立てのため、海苔の生産は不本意な形で止めさせられてしまいました。
二度とこの場所で海苔採りの作業が出来ると思っていなかったそうです。
長老の方々が、生き生きとされているのを見ると、
私ももっと頑張らなきゃって気になってきました。
アサクサ海苔に賭けた夢ですね。
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今回、私がお会いした皆さんの熱い想いで、アサクサ海苔の復活はあるのでしょうか。
上手く育てば、最初の収穫は12月半ばとか。
なんとしても成功して欲しいですね。頑張れアサクサ海苔。

当ブログでは、皆様からの魅力溢れる、素敵な地元の情報をお待ちしております。
どしどし、コメントしてくださいね。宜しくお願い申し上げます。

ちょい寄り!ワールドツアーin大田

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コメント

15分番組なのに見応えのある内容で、元海苔漁師の孫世代な身としては色々と考えさせられました。
大田区というと、工業や商店街や高級住宅街が特集されがち
なのですが(笑)、
羽田の漁業や大森の海苔生産業も重要な基盤でした。

現在では外国産の海苔に押され気味なのですが、
浅草海苔/大森海苔の美味しさは別格だと思っています。
今後、大森の海苔がたくさん採れるようになって、再び
多くの方々に味わってもらえる日を期待しつつ。

大田のYOKOさん(野口真代様)、スタッフの皆様。
海苔生産の地道(地味)な現場をとても明るく・解りやすく、
しかも細かい部分も端折らずに伝えて下さったことに
感謝しております。

投稿: coldelih | 2010年11月 9日 (火) 21時24分

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